先に色を塗っちゃう派(12/31)

2017年も終わりですね。
ユニコーンの「雪降る町」を聴きたくて、Google Homeに「ユニコーンの『雪降る町』を流して!」と指示し、何回も「雪降るまち」(ワワワワー♪ のやつ)を聴かされてしまった豊島ミホです。
家に閉じこもっていても、東京に居るとなんとなく年末感はありますね。
静か……。どうせ静かな町内だけど、輪をかけて静か。これを書いている29日午後3時の静けさほんとヤバい。

この年の瀬は久々に! 先の抱負を立てようという気になりました。
ブログの過去記事、ざっと検索した限りでは、05年06年07年、そして12年13年14年について目標設定記事があった。仕事が動いていく時期ですね。やっぱなんとなく察知するよねそういうの……。今! はこばれるとき! みたいなやつ。
でも今回はもちろん仕事の目標設定とかではなく。もっとフワーっとした。願いみたいなのを書き留めておこうっていう気になった。

最近これらのマンガを読みました。

おひとり様のふたり暮らし (コミックエッセイの森) スタジオクゥ ひよさ&うにさ

Pop Life 1 (ヤングジャンプコミックス) 南 Q太

(※いつものごとく、テキストは通常リンク、画像はアフィリンクなのでお好きなほうどうぞ)

「おひとり様の~」は、新刊とか話題書とかってわけでもないはずなのに何故か夫が通販で買ってた。のを横から読みました。
「Pop Life」はいわずもがな大好きな南Q太さんの最新刊。出てるのに長いこと気付かなかった>< けどようやく気が付いて購入。

両方ほんとによかった……。
女性同士の同居を描いているという変わった点はあれど、わりかし普通の暮らしの話だし、テンションはゆるめだし(「女性同士の同居」から下世話にも想像してしまうような、一つ屋根の下に住む他人同士の複雑な感情……みたいなものは全然ないです。「描かれてない」んじゃなくて多分「ない」)。
でも、「ゆるめの同居の話」が気に入ったんじゃなくて、なんだろうな。両作品の登場人物に共通する、「他者に対して開いている感じ」がとてもよかったんだと思う。多分。

「おひとり様~」は、別に「おひとり」であることを強調した話ではないんですよ。孤独だから同居したとかじゃなくって、元々美術大学の仲間同士のコミュニティがあって、その中でたまたまふたりが同居を始めた、みたいな、すごく自然な感じ。もちろん、同居してからも家の中だけでまとまる感じはなくって、初めてのお客さんを招く時は必ずふたり揃っている時、という掟があったり(ちょっとびっくりですよねこれ。冷静に考えれば一理あるけれども)、ひらけた感じがそのまま残ってる。
「Pop Life」のほうは……あれ、どうしてふたりが同居することになったかみたいな話あったっけ……?(もう忘れてる) こっちのふたりは狭い意味での「同じコミュニティ」には属してないんですけど(主人公・さくらががっつりコミットしているコミュニティに、同居人の明海は距離を取っている的な描写さえある)、なんか……同居のベースに、さくらが持つ社会への信頼感? みたいなものがあるんじゃないかと。思わせるところがある。
暮らしの中で色んな人とかかわっていく、その中にたまたま「同居」という結構濃いめのかかわりがあるだけで、「同居」がトクベツなのではないっていうか…… う~ん、上手く言えてるかな?! ちょっと、気になったら読んで欲しいんですけど。
そもそもデビュー時期の作品からずっと南Q太を読んでる身としては、「あの! ナイフのよーにとがっていたQ太主人公が! こんなに(いい意味で)ゆるくなるなんて!」って思うよ!
昔の主人公も別にクローズドではなかったと思うけどw なんかもうちょっと、人との関わりが「繭的」だった気がして。大きな空間の中で閉じながら深く狭く誰かと関わるみたいな形が、初期には多かったよね?

ほんと、こういうふうに大人になれたらかっこいい。って思ったっす。両作品とも。
「おひとり様~」は未婚のふたり、「Pop Life」はシングルマザーのふたりという違いはあれど。わあ、大人だなああ……って感じたんだよね。
結婚してるしてない、子どもがいるいない関係なしに、自信とか役割とか持って、しっかり両足地面につけて、さーどんとこいって胸を開いていたら。大人だなって……。

そういう意味では私は子ども産んだところでまだ大人じゃない部分がある。
すごいクローズドなのずうっと! あんまり変わっていないの!
夫がいて、家ができて、その一番小さなコミュニティに対してだけは信頼を持つことができたけれど、他人っていうものに対してはずっとピリピリしてる。
怖いし……自分を攻撃したり利用したりしてくるんじゃないかってまず思っちゃうし。そうじゃない場合は、自分が相手に対して何もできることがないって卑屈な気持ちで尻込みしちゃうし。
でも実際、人を攻撃や利用の対象にしてくる人も世の中にはいて、オープンな人たちだって、そういう人に対してまでひらいているわけではないんだよね。ただ、信頼できるコミュニティがある、割とでかい単位のやつがある、っていうことだと思うの。そしてなんでもできるわけじゃないけど、その中での役割を受け止めている。みたいな。

だから要は、オープンになるというのは、全然違う自分になるということより、信頼に足るコミュニティに属する、その中でナチュラルに信頼されるということかなと思うんだけど……
そういうところに~

40歳

くらいまでには届くといいなって……思った。

遠い?! 遠いですかね?!
でもなんとなく。年明けたらすぐ36になるので(年女だよ♪ いつの間にかまた本厄だよ♪)、36歳から40歳いっぱいの、5年位の目標って感じにしよーと思った。まだ、目標達成のための目印もないから、冒頭に書いたように目標というより「願い」でしかないんだけど。

今回の読書とまた別のところで、この間ふっと、「ほんとにできることを探したいな。」って思ったりもしたんですよね。
若い頃からずっと言ってるよーな気もするけどーー!! お前ずっと探し中のやつだろって感じだけどーー!!
この1ヶ月と少し赤ちゃんと付き合ってみて、「できること」についての考えがちょっと動いたんですよね。なんせ、「無理無理、私には無理~」って尻込みしたくなるようなこともやらざるを得ないシーンが多いし(まだやってない、夫に頼りっきりなことも色々あるけど。沐浴とか実は完全ノータッチだったりする……ぶっちゃけ首がすわるまでタッチしたくない。。。)。
「やってみればできるもんだ」なんて自信を得たわけではまだ全然ないけど、その、なんでもかんでも「無理無理っ」って思ってしまう思考みたいのはクッキリ可視化された。も、脊髄反射みたいに、ほとんどの新しいことに対して「無理無理」って思ってる。私。
その思考の癖を完全になくすことはできないとしても、癖で作っている自分の枠を意識して「よっ」と越えてみる、みたいなことが。増えるといいなあ~~~~~~~

あ、そんで、話ずれてるけど、「できる」って思うことが増えたらきっとその時には、どこかのコミュニティの中で動けるんじゃないかっていう、そういう話。

抽象的な話ばっかりしてますが大丈夫ですかついてきてもらってますか。
具体の目標は別にないの! 上に書いたよーなことがどこで行われるかは私にもわからない……。ママ友の輪とか地域コミュニティとかかもしれないし、あるいは仕事(その仕事も何であるか謎ですが)の場かもしれない。
自分のこれからについて、色はあっても輪郭はない。よ。
「子どもを預けて働こう!」とか思ってないし、同様に「何があろうと絶対に子どもは預けない!」とまでも思っていない。。。のんきですみません。(そしてそののんきな未決定を許してくれる夫よありがとう)
なんかこう、いいようになるといいな。よくなるように自ら動けるといいな。ってかんじ。

今年もこのフワッフワのブログに付き合って下さった皆様、ありがとうございました。
育児で更新の間が空くこともあるかもしれないけど、2018年もこのフワッフワな感じのまま続けていけたらいいなと思います。時代はどんどんキビキビカクカクしていくかもだけど、私はキビキビしないよ! このちょおてきとうな感じをまもるよ!
あ、年が変わるより一足先にヘッダー画像が変わってますが……前のヘッダーに続き夫が作ってくれました。より「バケーション」感出たと思わない? チーム組んで育児しているのに、こういう個人活動に充てる時間を作ってくれる夫にも改めて今年1年の感謝をささげたい。。。
2018年、みなさん素敵な1年になりますよーに!

なぜか去年描いていたこんな絵。歳をとるにつれ頬肉が垂れていくということを言いたかったらしい