永遠の愛の代わりに終わらないふたり遊びの約束をした(1/28)

※時間がないため今回はさくっと会話形式でお送りします

夫「○○ちゃん(=私)って、短歌とかは作らないの?」
私「私高校の時ばりばり作ってたよ。前話したじゃん、雑誌で連載されてた枡野浩一の短歌講座にハマって。でもなんで?」
夫「ちょっと、短歌が気になって」
「ほぉ」
夫「最近の短歌ってどういうことになってるんだろう」
私「わかんないな」
夫「強い言葉が入ってたりするのが今風だと思う」
私「それ10年くらい前の流行りじゃない?」
夫「作ってみた」
私「発表してよ」

「道端の凍った凶器の上歩く滑る滑らぬ神のみぞ知る」

「はい?」
「えっ?」
私「もう1回言って?」
夫「道端の凍った凶器の上歩く滑る滑らぬ神のみぞ知る」

私(膝から崩れ落ちる)「やばいやばいやばい。素人感やばい」
夫「どこが?!」
私「ツルツルする道を歩いてるだけじゃん。そこに感情がないじゃん」
夫「なんでわからないんだよ、道の端の滑るようなところを敢えて歩いているんだよ。この気持ちわかんない?」
私「あーそうなんだ。でも『道端の』じゃ伝わってこないよ」
夫「こないか」
「直すわ」
「えっ」
私「ちゃんとその情報が入るように直す」
夫「人の歌直すより自分で作ってよ」
私「短歌は添削する文化があるんだよ。詩とか小説とかと違ってバシバシ誌面講評するんだよ」
夫「へぇ。……もしかして自分でも直す?」
私「うん、何回も練る」
夫「知らなかった。じゃあもうちょっと考えてみる」

(5分経過)

私「できた」
夫「なになに」

「神のみぞ知ると唱えて目を閉じて日陰の氷踏んで行く朝」

夫「おお。上手く収まってる」
私「でしょでしょ。□□ちゃん(=夫)は?」

「まだ暗い朝も私の人生も動き出す足滑るなら今」

私「おお」
夫「いいでしょ」
私「いいね。『滑るなら今』のとこがいい、滑るほうなのがいい」
夫「もう1こ行く? ○○ちゃん何か題出してよ」
私「う~~ん…… じゃあ『気球』」
夫「気球?! えぇ~」
私「あーやっぱ難しいかも、無理かも。……別のにする?」
夫「待って、やっぱ思いついた、いい切り口を思いついた」

と、いうようなことを授乳の合間、子が眠りこけた時に繰り広げています。
時間はないけどおおむねげんきです。
おわり。

*短歌について補足*
①:氷の上を歩いているとわかれば「滑る滑らぬ神のみぞ知る」は不要な説明であり、その分心情がわかる言葉を入れたほうがいい。
②:「神のみぞ知る」という部分を夫は気に入っているようだと感じてそれを残した。「目を閉じて」で無謀さと行為の儀式性を出したつもりだけど、目を閉じているのに「日陰の氷」という見ないとわからないものが入るのはよく考えると微妙。
③:いいね! と言ったけどこれ、冬だと確定させるための言葉が入ってないから何で滑るかわからないぞ……?! 修正しているうちにこうなるのは短歌あるある。ほんとにあるあるあるある。

「岡崎に捧ぐ」ふうに描いた我々夫婦。タイトルの短歌はフィクションですがずっとこんなことしてふたりで遊んでられるといいなーと思います。山本さんと岡崎さんみたいに。