おもちゃ屋さんの記憶(7/25)

最近、気がつくと、「○○屋さん」がない。
書店が減っているのは周知の通りで、私も家の最寄りの書店が閉店するという目にここ五年で二度遭った。けれどもなくなっているのは「本屋さん」ばかりではない。
この間はお茶碗を割ってしまって困った。お客さん用のストックまでいつの間にかなくなっていて、すぐにでも欲しかったけれどどこで食器を買ったら良いのかわからない。結局、休日に大きな街のロフトまで出てちょうどいい茶碗を買うことができた。けれども私が欲しかったのは「小ぶりで手にしっくり持てて、割れても惜しくない値段(具体的には八〇〇円くらい)の、普通のお茶碗」で、そういうどうということのない買い物は、できれば「近所の食器屋さん」でしたいと思った。
いつの間にやら「近所の食器屋さん」は街から消えている。

子どもを育ててみて驚いたのは、おもちゃを買える場所の少なさだ。
ある程度の値がするものは通販で買える。すてきな輸入おもちゃのセレクトショップなんてものも近所にある。しかし実際子どもが惹かれるのは、高くてすてきなおもちゃではなくて、ただただ新しいおもちゃだったりする(そして当然ながらそれは一瞬しか「新しく」はない)。
なんでもいいから安くて、あとはこの月齢で遊んでも怪我をしなそうなものを自分の目で確かめて選びたい。そう思うと全然叶わない。デパートではおもちゃコーナーは隅に押しやられ、ジャンクなおもちゃを置くスペースがない。赤ちゃん用品の大型専門店は山手線内では東池袋だけ、そこから少し範囲を広げても錦糸町が入ってくる程度だからぎょっとする。
そういえば大型電器店にはワンフロア丸々に近いおもちゃ売り場があるかもしれない。けれども休日わざわざ出なければいけないような街で、人混みと騒々しさにまみれながらおもちゃを選ぶのを想像しても全然萌えない。
ある程度近所で、平日の日中行けば空いていて、小さい子ども連れでもゆっくり見られるような「おもちゃ屋さん」。あれは今ではファンタジーなのか。

私が生まれた町の隣市には、「おもちゃ屋さん」があった。
場所は、駅前通りのアーケードの中ほど。面積で言えばジャスコのおもちゃ売り場なんかと同じくらいだったのだろうが、ドアをくぐると視界がおもちゃであふれる感じはその店にしかなかった。
手前にぬいぐるみ売り場、奥は女児には立ち入りづらいプラモデル売り場。ケースに陳列されたミニカー、子どもの手では抱えきれないほど大きな箱に入ったキャラクターもののおもちゃ――そんな売り場の構成をおぼろげに思い出せる気がするが、想像で補った部分も入っているかもしれない。理由がなければおもちゃを買わない家に育って、私はその店の中を見る機会があまりなかった。それこそジャスコのおもちゃ売り場なら、親の買い物の時間潰しでよく居たけれど、目的もなく「商店街のおもちゃ屋さん」に入ることはできない。結局、私がその店の中で一番覚えているのは、まだ低いところにあった自分の目線に対し、上のほうから森の緑のように覆いかぶさってくる、おもちゃたちの楽しげな気配だ。

ドアをくぐることは滅多になかったけれど、店のショーウィンドウはよく見た。
多分、メインのショーウィンドウは他にあるか、中央がガラス張りで店内が見えるようになっているかで、私が見ていたショーウィンドウは小さかった。飾り付けも素っ気なかった。そこに動くぬいぐるみがいつもいた。
帽子をかぶった青いペンギンに、チョッキを着たピンクのうさぎだったと思う。いや、でも、ペンギンなんて動かしづらいし、りすだったかな? なんだか黄色くなかったか? そもそも本当に二匹だったかな? などと思うほど、これもまたうろ覚えだ。とにかく動物のぬいぐるみが居て、それぞれ太鼓と笛を鳴らしていた。
片方が、コンコンコン、コンコンコン、と三回ずつプラスチックの太鼓を叩く。そうするともう片方が、ピッピッピッピッピッピッピッ! と七回笛を鳴らす。やや間を置いて、また太鼓のほうが鳴る。――三三七拍子を、二匹で繰り返す。ずっとずっと。

商店街を、祖母と歩く。あれは何の帰りなのだろう、十字路に近い店で惣菜を買い、駅に近い店でイモ天を買うというのがお決まりのコースだった。おもちゃ屋はその真ん中にある。
コンコンコン、コンコンコン、プラスチックの太鼓が聞こえてくると、私は祖母にその店に寄ろうと言う。だめだだめだ、とむげなく断られながら、ショーウィンドウを見る。ピッピッピッピッピッピッピッ! うさぎ(もしくはりす?)は単調に笛を吹き、ドアの向こうは楽しい場所だと私にうったえつづける。
店に入れないのにそれは淋しい記憶ではない。

子どもが生まれ、その子の手のひらが打ち合わせたりできそうなくらいふっくらすると、私は両手を持って手拍子を刻ませた。
ちょんちょんちょん、ちょんちょんちょん、ピッピッピッピッピッピッピッ!
あのショーウィンドウを思い出して唄いながらの三三七拍子だ。

手拍子させ始めた頃これくらいだったかな〜という子どもの絵。日付を見ると、生後3か月になろうとするところ。

【ほそく】

検索してそれっぽいのを見つけました。

りすじゃなくてくまだし!
全然三三七拍子じゃないし! 記憶ってすごいのね。。。
いや〜でも、くまには見えないかな……。