子どもに望んでしまうこと(10/8)

ちょっとだけ前の記事の続き……。
自分の子に美大や芸大に行って欲しいとまでは別に思ってないんですが、しかし私は、心に正直になりますと!
子どもが絵を描くことを、とても期待している。
お絵かきするようになる日を、今か今かと待ちのぞんでいる。

自分の子どもに対して、特定の何かをして欲しい、何かができるようであって欲しいと望むことは結局親のわがままでしかない、と私は基本的には考えてます。これって極端にして個人的な思想なんだろうけど、本当に何であっても。勉強ができて欲しい、スポーツができて欲しい、リーダーシップがあって欲しい、やさしい子であって欲しい……「親のわがまま」という言い方が強すぎるのであれば、「親の趣味」くらいの表現にしてもいいけど。子ども本人の姿とはまったく別のところに存在するもの、それが親の趣味!
でも私はその「趣味」として――いや、そういう「趣味だ」と明確に意識もしていない場所で――「絵を描いて欲しい!」と強烈に思ってしまっている。

面白いことに、絵だけなんですよ。それは本当。
文章を書く子になって欲しい、本を読む子になって欲しい、マンガをたくさん読んで欲しい、音楽とともに育っていって欲しい――そういうことは別に思わない。同じ自分がやってきたことなのに、それらについては「本人興味なかったら全然しなくていいや」て普通に思うの。絵を描くことだけが例外。
不思議。
なんでだろ。
私にとって絵なんて、仕事にするには程遠いものだし、向上しようとか学ぼうって気持ちもあんまし持ってないしw 好きなものの中でも一番「シロウト感」むんむんのジャンルなのになぁぁ……。

と思ったんですが、夫にこの話をしたところ、「絵を描いてどうなって欲しいの?」というツッコミをもらい。
ちょっと考えてみて、「夢中になって欲しい!」……んだ! って気が付きました。
絵を描くという行為を思い浮かべると、それには小さい頃夢中になっていた時の気持ちがくっついてくるんですよ。
これさえやってれば他になんにもいらないし、何時間でもやっていられるし、っていう。
絵を描いて目に見える何かが起こるとか(稼げるとか)、観察眼が鋭くなるとか心が豊かになるとか、そういう副次的なものを期待しているのではない。ただただ、その描いてる最中の気持ち! 脳みそを内側からジャブジャブ洗う嵐! あれを体験して欲しいだけー
だから実際には「絵」じゃなくてもよくて。本当は、その子が夢中になれればなんでもいーんだけど、幼い頃の自分にとってはたまたま「絵」だったから、どうしてもソレで思い浮かべちゃうみたいな。ことなんだろうなー!
うんうん。「夢中になる」ほうがキーで、やっぱ「絵」じゃなくてもいいような気がする。

この話に対して夫は「え、すごいハードル高いね!」って言ってました。
夢中になるって難しいことだ、って。
そうなのかな。
しかしなんでもいいから何かいっこくらいは! 夢中になるものがあったらいいなーと思います。それもまた「親の趣味」に過ぎないのはもちろんですが。

ちなみに今我々のベビーが好きなものは……

・窓のとこについてるなんかカチャカチャした部品
・ワゴンとか椅子とか、自分の身体よりでかいものを押したり引いたりして動かすこと
・穴
・ぞうりやスリッパのたぐい
・三浦大知の曲

とかです。
三浦大知。聖子ちゃんとかマッキーとかオフコースとかで育ててきたのに、初めてノリノリになり踊った曲はラジオから流れてきた三浦大知の「DIVE!」だった。
あと、穴が好きすぎて私や夫の鼻穴に指を突っ込んでくる今日このごろです。。。

2016年1月付けで存在していた「高校生くらいになった娘の絵」。3パターンくらい描いたうちのひとつだけど。卵子の頃から「多少趣味がおかしくても美術系だといいな」という期待がかけられていたことがわかる。右肩にかかっているもこもこしたやつは、そういうかばんです。