『美術手帖』2月号に短いエッセイ書きました。(1/16)

さむいですね。さむいですね! わたしが今いる部屋がさむいだけで今日の東京はいい天気なんですけど!
子どもが昼寝している隙に、寝室から少し離れた部屋にきてこれを書いています。リビングあったかいけど寝室と隣り合ってるからタイピング音プチプチさせたくない。子どもをできる限り長く昼寝させたいぃぃ……

タイトル通りのお知らせです。今売っている『美術手帖』2月号に短いエッセイを書かせていただきました。
2月号の特集は「みんなの美術教育」! この中の、「わたしと美術教育」というテーマエッセイのうちの1本です。
最近書く仕事お引き受けしてなかったんですが、あの「びてちょう」が! 「美術教育特集」で! ご依頼くださるなんてっ! ……とキャッとなってお引き受けしてしまいました。
美術の授業ーーー! 大好きだったよ!!!! もぉめっちゃ思い出書きたいよ! と思って。

オシャレすぎて普段まったく使用しないめがねをせめて撮影小物として活用。

でもなんか。書いてる途中で変な汗出てきて……
「大好きだったよ!!!」「楽しかったよ!!!」以外なんかないんか。。。。。って。
たぶん「美術のプロじゃない人もひとりくらい」てことでご依頼いただいたのだろうな〜、だから仕事とつながってないことは別にいいのだろう。とは思ったけれど、なんというのでしょう……。専門家にならなかった人が美術教育を受けた意義とは。みたいな問いにつながっていくんじゃないこれ?
意義……意義……????

なんかそれ考えているうちゴメンナサイ的な気分になってきて……(小声)
あの素晴らしい授業受けたのにこれ(今の自分)か……みたいな……

自信もないまま提出期限がきてお渡ししてしまったんですが(超小声)

見本誌いただいて特集全部じっくり読んだあと、「『楽しかったよ!!!』でよかったな!」「そっちに振り切って書けばよかった!(泣)」と思いました。
本文に書いたとおり、「美術の授業は息抜きではない」という宣誓から始まっている授業なので。20年後とはいえ感想が「楽しかった」なのはどうなの〜〜〜;; と思い悩んだんですが、頭を休めた「息抜き」の楽しさじゃないもんな。逆に夢中になった楽しさだもんな。それならそれでよかったのだよなたぶん!

というわけで、特集はとってもよかったです。
「美術」も「教育」も門外漢の自分にも、今の美術教育を語る時に軸になってることが何であるかとか、どういう動きがあるかとか、一望できた感じ。
個人的には美術館と教育のところが面白かった! 美術館、たしかに現状、心理的に遠い。あんまりしたしみがない(東京に来てから、秋田時代より行かなくなった)。下手したら体育館とかより「わたしたちの使える公共施設」感が少ない……! でも海外ではそうじゃない国もあるし、日本でもそういう取り組みが行われてるんですね。
自分の子どもは美術館に親しませたい。それでどーなるとかってことじゃなくて、ただ親しませたい。

最後になりましたが、今回のエッセイでは高1の授業のことしか書いてないけど、中学の美術の先生も高校の美術部の先生もみんな恩師ですということは書き添えておきます……。
美術手帖の編集さんが、『底辺女子高生』の美術の授業の記述を見てご依頼くださったとのことだったので、話をそこに絞ったというだけで。中学の授業も思い出あるし、顧問の先生変わってからの部活動のほうも、最高に良き場を作ってもらって幸せでしたよおおおーーー。

今回の原稿を書くにあたって、当時の授業で使ったものを実家から取り寄せました。向かって左は授業専用のスケッチブック。右は上から、成績詳細、定期考査答案(テキスト)、定期考査答案(図)。 原稿と一緒に作品の写真も載せてもらったんですが、ほんとは私の作品じゃなくて、みんなの作品集を載せたかった! それが一番面白いの、それをとっていたくて全部とっているの!!(泣) でも私ひとりのものじゃないしな〜……という理由でここでも掲載は我慢。