で、やっと「檸檬のころ」映画について・その1(3/27)

さてさて! とうとう今週末から東京での公開が始まります「檸檬のころ」。
映画本編についてブログでまだ言及してなかったので、書きます。
映画化のお話をいただいたのが05年春、
単行本の発売からほとんど時間が経たないうちでした。
映画のことはほんとうに門外漢なので
「やりたいって言って下さってるんならいいんじゃないですか、はい」
くらいのスタンスで最初のOKをしちゃったんですが
今考えてみるとこんな丁寧な映画化のお話はないよ?!
っていうくらいラッキーでした。たぶん。
「原作のイメージが壊れたら嫌!」と心配してくださってるかたが
もしいるとしたら、その心配だけは絶対無用です。ほんとに。
脚本、改稿するたびに読ませていただいていたのですが
原作にない台詞がどんだけ足さっても、不自然さを感じませんでした。
「うん、富蔵はこう喋る」みたいな。
カントクが、すごい勘のいい方なんだと思います。
あと、映画というのはものすごくお金と人手のかかるものだから、
これは推測ですけど、「誰がつくったもんなのかわからなくなる」ってことが
結構たびたびあるんじゃないかなと思うんですが……
つまり、お金を出すほうやお金が入るほうの都合で
作り手の意図と関係ないところに作品が最終的に流れ着いちゃったりとか、
も、あるんじゃないかなって。
でも「檸檬のころ」に関しては、そういう悪い意味での外部の力が
あんましはたらいていないと思います。個人的な感想ですけど。
もちろん、映画はひとりの力や意図でできるものではないでしょうから
これが特定の誰か作り手の人の意図だとかは言いませんけど、
ちゃんと普通に「総意」になってるんじゃないか、って。
……ばくぜんと感じただけですが、はい。それはほんとに思った。
そういう意味で幸福な映画なんじゃないかしらーと。
<※長文なので下の記事に続く>