NHK「プロフェッショナル」宮崎駿の回を見ました・2(4/12)

<上の記事から続く>
監督がロンドンの美術館で「オフィーリア」を見たときの話がちらっと出てましたけど、
あれですっごい(過去の自分の仕事に対して)否定的な言葉が出てたでしょう。
「自分たちがしてきたことは、ただこれをヘタクソにしただけのものだったんだ」みたいな。
そりゃーすさまじい全否定だな! とびっくりしたのですが、
あれくらい、打ちのめされないと……否定のパワーがないと
高い高いハードルができないのかな。と思った。
打ちのめされるっていうのも、いろんなパワーが欲しいんじゃないかしら。
「こんなじゃぜんぜんだめだ!」って思うための理解力とひらめき、
あと、最終的にその否定に負けないための持久力。
それがそなわっているから、宮崎監督は「誰でも知ってるすごい監督」なんだな〜と。
いろいろ書いてみましたが、私が一番度肝を抜かれたのは
インタビューで「なぜ映画を撮るんですか?」と訊かれた監督が
「それによって自分が存在しているからだよ」てなことを即答したことです……
すなわち「存在意義」の問題だってことっすよ?!
存在意義……ティーン+20代の専売特許みたいな「青臭(あおぐさ)ワード」……
私、結構嫌いなんです、この言葉。
自分では口に出さないようにしているくらい
(逆に言えば、気をつけないと口に出してしまうということでありますが)。
なにかや誰かのためでないと生きられない、って恥ずかしいことのような気がする
(いや「私なら」ということであって、他人がそうしていることは恥ずかしくないけど)。
その要注意ワード「存在意義」が、御歳六十六の監督の口から出た途端、
凄みのある言葉になった感じがしました。
その歳でそう言うんだったら、もう本当にそれしかないんだろうな、っていう。
うーんすごかった。
最後の「プロフェッショナルとは?」の問いに
「素人の部分を残してること」と答えたのも印象的でしたね。
あと、番組をつくったほうの人もすごいと思いました……。
だってこれ、もう日本のA級映像資料決定でしょ……。
この先宮崎監督のドキュメンタリーっていうのはないだろうし。
かなりの覚悟で挑んだと思いますよ。
すごすぎて「私『も』頑張ろうと思いました」とはここに書けません。
仮に私が六十過ぎて小説業界に生き残っていたとして、
「なぜ小説を書くんですか?」
「それが私の存在意義だからです」
っていう応答はないと思うなあ。ない。
私は私で、意義なくても頑張ろうと思います。はい。