復興記念館レポ・その2(9/6)

<上の記事から続く>
さて2階はというと、こちらは半分くらい戦災+他の震災の資料になっています。
今回は関東大震災の勉強の目的で行ってますので、そっちだけお話ししますが。
2階は自分的に目新しい資料でした。
当時の小学生に書かせた地震の作文とか!
ナマなのでガラスケースに入れてあるんですが、全部読ませてほしかったです。
たぶん文集とかにまとまってて、読む方法はあるんだとは思いますが……。
それから、海外で貼られた、
日本への支援を呼びかけるポスターがあったのも驚きでした。
そりゃあ外国からの支援あったよね! でもあんまり考えたことなかった……。
第一次大戦と第二次大戦のあいだのことだし。日本って感じ悪かったんじゃないの? と思うし。
そういえば1階にも、アメリカからの援助物資があったんですが
そんな、ポスターはって一般人からの支援を呼びかけてるとは思いませんでした。
それから、2階には油絵の展示室があります。
これは、東京の外に住んでる画家さんが、
震災の状況を残す目的でわざわざ現地取材に入って
弟子の人たちと協力して描き上げたものらしいのですが、
これが唯一の、ビジュアル的にわかりやすい資料かなと思いました。
写真はカラーじゃないんで、フルカラーの資料っていうのは絵しかないんですよ。
油絵といっても、そんなにリアルタッチのものではないんですが
(なにしろいろんな場所のが大量にあるし……いや画風かもしんないけど)
やっぱり惨状が伝わってきます。被服廠跡らしい展示といえば、これかも。
さっきも軽く言及しましたが、被服廠跡というのは
火災旋風で多くの人が犠牲になった場所です。その数三万八千人。
三万八千って、数字でみれば「はあ」って感じですが
冷静に「三万八千」を想像してみると、多すぎ。
ぎゅうぎゅうだから人踏まないと逃げられない・しかし大半の死因は酸欠であるからして
最終的に生き残ったのは人の下で潰れて、死体の間にあるわずかな空気を吸ってた人だけ
とかそういう悲惨な話らしいです(そんな生々しい記述は展示資料になかったけど)。
ここが実際に地獄絵図の展開された場所なんだという事実が、
やっぱり資料よか重かったかな……。
最後は、同じ公園内にある慰霊堂に線香あげてきました。
これをやらないことには地震小説の出版とか許されねえ……! と思ってました。
若干自分の気が済みました。自分の気だけだけど。
横網町公園は、両国駅から歩いて10分未満くらい。
復興記念館は入場無料なので、特に興味のあるかたは行ってみてはいかがでしょう。
ただし記念館のほうは定休日があるはずなので、ネットなどで調べてからどうぞ
(公式ページっぽいものがないのでリンク貼りませんが、検索すれば情報は出ます)。