復興記念館レポ・その1(9/6)

トップ絵は新しいやつにしました。
夏服で描き溜めしちゃったよ……わあー。
1日に「今月の掲載情報」を更新したばっかりなんですが、
地震小説が発売中のため、「防災の日」を無視するわけには行きません……
もう6日になってしまいましたが、1週間経たないうちに関連記事を掲載させていただきます
(秋田県生まれの私にとっては、5月26日も防災の日ですけども)。
先日、東京都復興記念館に行ってきました。
以下、その時のレポートを掲載します。
この記念館は、関東大震災のあと、震災の資料を展示するために作られた施設なのですが
その後戦災関連の資料などもあわせて展示するようになったため、
「震災復興記念館」でなく単に「復興記念館」という名前になっているのです。
火災旋風によって多くの犠牲者を出した被服廠跡(ひふくしょうあと)。
今は横網町公園となっているその一画に、記念館はあります。
震災後数年で建てられただけに、さすがに古い建物!
(「復興記念館」「東京都」でぐぐると画像なんかもでます)
入り口のドアも木でつくってあって雰囲気があり、「えっ、間違ってないよね、
ここが記念館なんだよね?!」とちょっと戸惑いました。ひとけもなかったし……。
中は、田舎の古い公民館のような風情。
資料を見るより先に、建物の古さが気になってきます。
これ、耐震設計になってんのか……? 今地震来て下敷き、とかシャレにならんよ。
っていうかそれが俺に対する天罰ってオチ? とか思いながらも進んでいきます。
展示フロアは1階と2階にわかれており、順路的には1階から。
1階はほぼ全部関東大震災の資料になっています。
まあ地震自体の概要説明から始まって、あとに行くと
実際の被害が見えるブツが出てくる、みたいな……。
激しい火災の熱でぐにゃぐにゃになったキカイとか
(あ、タイプライター見た! すんんごかった!)そういうのがあったり。
ただ、この1階の資料、「予習した人にはもの足りず、予習してない人にはとっつきにくい」
という微妙なレベルだと個人的には感じました。
当たり前ですが、震災が大正12年なので、そんなに記録媒体っていうのはないわけですよ。
映像はもちろんだし、写真も決して多くは残ってない。
なので、資料の多くは文字なのですが、
吉村昭の『関東大震災』を読んだ上で見ると「知ってるよー」という情報が大半(区ごとの被害状況とか)。
なおかつ、ビジュアル的にインパクトのあるものが少ないため、
知らない人は知らない人で素通り、みたいな……。
文字以外の、残留品&写真資料にしても、
ほんとにキツいとこは抜いたのかなあって感じがしました。
1階で興味深かったのは、「デマ流すな」ビラの実物があったこと。
(関東大震災発生時はラジオが実用化されていなかったので、
 根拠のない情報が人の口から口へ伝わってひどいことになった。
 これは前述の『関東大震災』に詳しいです。)
それから、写真資料の一部です。
避難民のようすを写したものは、マジでみんな大八車に家財を乗せててびっくりしました!
今は、たんすを持って逃げるとか誰もしないと思うんですけど
戦争のアニメとかドラマとか見るとわかるように、昔の人って家財道具持って逃げちゃうんですよ。
で、避難場所は「空の下に家財の山」状態……。
もうひとつ記憶に残った写真は、交番の壁に安否確認のビラが貼られている光景で
(「○○子です。▼▼公園にいます」的な?)、
そのビラが、魚のうろこのようにみっしり壁を覆ってるわけですよ!
あれはこわかった。交番の建物が小さいから、ほんとに全体覆われちゃってて。
<下の記事に続く>