厭世’19(10/6)

こんにちは。としまみほです。
タイトルは。ロックバンドのツアータイトルみたく読んでくれ。「トンガリ’95」みたく読んでくれ!

秋はいいにおいがするよねーーーー
都内、キンモクセイのにおい遅い! 今年はまだ! でも、落ち葉のにおいなのか単に冷えた湿気のにおいなのか、山みたいなにおいが今朝はしていました。山ヨォ……(←郷愁)

でもいっぽうで私は。秋になると厭世感がぐぐっと身体の中で湧き上がってくる。
去年も晩秋にこんなこと言ってたけど今年はいっそうひどい感じだ。
この間の新月のあたりは本当にひどかった。ひどすぎて自分の感じている気持ちをそのままGoogleの検索窓に打ち込んでしまった。「厭世的な気持ちになる」って。もちろん、同じ気持ちの人が書いた文章を読みたかったからだよ? そしたら検索結果がこれ

お前らのそういうとこ! ほんっっっっっっっっとそういうとこ!!!!!! 単なる「人の気分」レベルのものにいちいちジャッジメント下してあーしろこーしろ言ってくっとこ!!!!! 俺は大嫌いだからな一生認めないからなこんな世の中にはぜっっっっっったい屈しないからなああああああ!!!!!

ってなった。
こういう検索結果だけじゃない(それに関してはGoogleに罪がありすぎる)。受動的にしていてネットで目にするものはだいたい嫌い。バズってるニュースの見出しもいいねが5桁に乗ってるツイートも、内容が正しく有益に見えれば見えるほどイラッとくる。この文章こそが正しく有益ですって顔してるところが嫌いなのかもしれない。もしくは正しく有益な顔したものにナチュラルに支持が集まってることに苛々するのかもしれない。

そう。私が「厭世的」っていうときの「世」って実際には、たんにスマホという小窓から覗いた世間なのだよね。それは本当の意味での世界、他人の姿ではない。わかってはいるけれど、今の私の生活では、「世」がそれくらいになってしまうんだなぁ……。

だから数日は、寝る前にどんぐりを眺めて過ごしました。
公園で拾った、帽子をかぶった小さなどんぐり。早めに枝から落ちてしまったのか、端っこから明るい黄緑のグラデーションが入っていてとてもきれいだ。
かわいい……尊い……かわいい……尊い……
そうして横になると、目を閉じてもどんぐりの姿しか浮かばない。
もう。小窓なんて覗かないことだ。どんぐりを集めて生きていくのだ。
みんなはドラクエウォーク。私はどんぐりウォーク。
すやすや……(←やすらかに眠った)。

しかしどんぐりの美しいグラデーションは3日くらいで消え、普通の茶色くぱさついたどんぐりになってしまった。
私は妙に気になるニュースができて小窓を見るようになってしまった。
あーあ。

とはいえ、小窓じゃなくて生のものを見ていこうとはほんとに思っています。
植物動物すばらしし! 地火風水四元素万歳! とはずっと思ってたけど、最近その仲間に人間も入れていいかもと感じ始めた。人間に入っているエネルギーや情報量もすごい。近所の人(子どもに話しかけてきてくれるじいちゃん&ばあちゃんなど)と少し話したりすると、テッテーン!(←何かを得た音)ってなる。
だったらもっとママ友づくりに積極的になればいいのだが……なんだかそこだけは苦手意識が残るんだよな。その苦手意識がどうなっていくかは「つづく」(私の明日に)です。

アイキャッチ画像に適当なものがない。また私のねんど作品でもどうぞ。